SSブログ

バンクーバーに [育児]

バンクーバーに行って来ました。

バンクーバーには母方の叔母が住み、いとこがいます。母は自分の妹である叔母のことが大好きだったようで、子供の頃に母から良く叔母のこと、バンクーバーのことを聴かされていました。

母は子供達にバンクーバーに行かせたかったようで、何度も行ったらどうだ、行ったらどうだ、と言っていました。が、母は基本無茶ぶりな人なので、一人で数週間行ってこいと言います。中高生の頃は、英語もろくに話せないのにあまり話したことのない叔母のところ、いとこのところにいきなり数週間も行くなんて言えません。将来自分が海外で仕事をするなんて思いもしないのが極めて普通の時代でした。多分、兄も弟も同じで、兄弟誰も行っていません。

母の洗脳が効いてか、バンクーバーは、自分にとって、いつか行かないといけない街。

ずーっとそんな気がしていました。



従兄弟は二人兄弟で、兄貴が神戸にいます。私の祖母が亡くなってからは疎遠になっていたのですが、母の葬儀にその兄貴が来てくれました。連絡が取れるようになり、バンクーバーに住む弟が日本に来る機会を教えてくれました。奇しくも母が亡くなった2ヶ月後です。彼は小さいながらも会社を経営しており、数年に一度しか日本にはやってきません。
何とか無理にお願いして少しだけ会わせてもらいました。従兄弟には2人の子供がおり、偶然にも私の子供達と2人とも同い年です。私自身は久しぶりの従兄弟とは上手く話せなかったのですが、子供達が上手くコミュニケーションしてくれました。来年の夏に行きたいと思ってる、と言えました。

私が行きたくても行けなかったのは、まだ英語が話せなくても良い頃に従兄弟とたくさん遊んでいなかったこと。ずっとそう思っていたので、子供達は小さい内に連れて行って一緒に遊ばせてあげたかった。長女は小5でもう
アウトな年齢ですが、小2の次女と一緒ならギリギリ大丈夫だろう。来年はもう遅いかもしれない。

私は私で、海外経験もして少しは英語が話せるようになり、仕事の裁量も広がって自分の都合で動けるようになってきました。ためらう理由はありません。

色々と従兄弟に無理をお願いして、ようやく、行くことが出来ました。

随分と時間がかかってしまいました。

今思えば、母の葬儀がきっかけです。母の想いに応えることがようやく出来たような、そんな気がして、書いてみました。

従兄弟の方も、子供達に同世代の親類が近くにいないのを寂しく思ってたらしく、喜んでくれました。バンクーバーではメチャメチャお世話になった従兄弟には、こんなことを手紙に書いてみたいと思います。英語なのが大変なんですが。(笑)

また、フライトと会社の休みの都合で愛する妻の誕生日を挟む日程になってしまいました。それなのに行かせてくれた妻には感謝しかありません。バンクーバーはとても良い街でした。想像していた以上に。今度は妻も連れて行きたいと思います。

しん
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:moblog